ビジネス
自分らだけではつくれなかった。漁師が人の意見を受け入れ生まれたブランド魚
それぞれの長所を生かし、つくり上げたブランド

── ブランド化について、苦労されたのはどういうところですか?
久保田:協議会でブランドの基準などを色々と決定しても、それを漁師さんや仲買さんなど皆さんの了承を得ないといけないのですが、最初は受け入れてもらえないこともありました。
── どのようにして解決していったのでしょうか。
久保田:自分は当時現場のことに詳しくありませんでしたので、漁協の上司と市場の支所長にはよく相談して的確なアドバイスをもらっていましたね。あとは、漁師さん、仲買さんたちにとにかく伺いを立てながら、丁寧に説明する場を設けるようにしていました。
井村:久保田さんは挫けなかったね。漁師にも仲買にも文句ばっかり言われたし、みんな口が悪いから(笑)。でも挫けなかった。

── 根気よく説得していったんですね。久保田さんは移住してこられたばかりと聞きました。誰の立場にも寄らないところが逆によかったのかもしれないですね。
久保田:あとは「ギャフによる傷が付かないように対策する」など、要望の多かった問題点を改善することで、少しずつ受け入れてもらえるようになりました。認知度が上がって、豊洲市場など、引き合いが多くなったこともあります。それには、観光協会からのメディアリリースや、飲食業、宿泊業との連携が大きかったと思います。
── それぞれの長所を生かしたブランド化なんですね。
井村:久保田さんもがんばってくれて、みんながお互いに努力していたと思います。
── 井村さんは、久保田さんの存在をどう見ていたんですか?
井村:最初の頃に漁船に一緒に乗せたけど、釣り方も何も知らないからね。「どういう風にサワラを獲っているのか知らないのに、網を使えだの、陸の上でガタガタ言うな」と思ってた(笑)。
久保田:ちょうどその頃トロさわらの取材があり、同行できることになりました。自分の目で漁の様子を見ることも大切ですし、午前3時に起きて、漁船に乗せてもらったんです。
井村:でも反発する気持ちはあっても、鮮度的なことを含めて、昔みたいな漁師根性だけでは進歩がないですから。そこは頭を柔らかくして、外から吸収しないと。だから文句を言いながらも話は聞いてるんですよ、でも、一応文句を言わないと気が済まない(笑)。
久保田:井村さんは、僕が最初にここの市場に来た時から仲良くしてくださったんです。漁を終えて、何人かで浜でお酒を飲まれているときに「お前も飲め」と言ってくださったり。僕は勤務中なんですが(笑)。
井村:ブランド化に成功しても、久保田さんの給料が上がるわけじゃないのに、こんなにがんばってくれてる。私がサワラの1本でもあげればいいんだけど、全然あげてないし。

── ほぼアウェイの環境で、なぜ久保田さんはめげずにここまでがんばることができたのでしょうか?
久保田:鳥羽に移住する前は、サワラの刺身を食べる機会があまりなかったんです。でも食べてみるとすごく美味しくて、一番と言っていいくらい好きな魚になりました。自分がめちゃくちゃ美味しいと思っているものを伝えられる、ブランド化の一端を担えているのは嬉しいですね。
あとは名前を覚えて「久保田久保田」といつも声をかけてくれるんです。苦言をいただく時もありますが、親しくしてもらったりして、徐々に関係が深まっていくことも自分の中でモチベーションになっています。パソコンに向かうような仕事だけではなく、現場に出て漁師さんとトロさわらについて話すのは本当に楽しいですね。
── 「トロさわら」について、今後やっていきたいことはありますか?
井村:血抜きとか、もう一段階できることはないか考えています。漁師がやることは、獲った魚をどれだけ美味しく鮮度良く出荷できるか、それだけですから。値段はあとからついてくるものだと思っています。
久保田:1年目から2年目にかけて、みんなで知恵を絞ってブランドを進化させてきました。だから現状で満足せずに、進化し続けるブランドにしていかなければならないと思っています。

取材:日向コイケ
Twitter: @hygkik
文:都田ミツコ
撮影:浅田克哉
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編集:くいしん
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記事提供元:Gyoppy! (ギョッピー)