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聞いて、試して、やってみる。漁師たちの組織が変化の波を乗り越えられた理由

遊子ではかつて、イワシのまき網漁が盛んに行われていました。けれども昭和30年代、壊滅的な不漁に見舞われ、漁協の財政は破綻し、倒産の憂き目に遭います。

そこで当時の組合長、佐々木熊吉さんと専務の古谷和夫さんが事業立て直しのために目をつけたのは、真珠の養殖でした。

真珠の養殖は真珠貝(アコヤガイ)を育てる「母貝養殖」と、その母貝をもとに真珠をつくる「真珠養殖」の工程に分かれていて、愛媛県では当時一部地域で養殖が行われていました。

遊子漁協では手はじめに母貝養殖を行なったところ、問題なく育つことがわかり、真珠養殖の先進地だった三重県から技術を学んで、自分たちでも本格的に養殖を手がけるようになったのです。

その後、ハマチ、マダイと養殖の領域を広げるなか、古谷さんが1979年に遊子漁協組合長に就任。これを契機に、漁師(組合員)の暮らし安定のため、徹底した平等主義に基づいた経営支援を行うようになったのだと言います。

松岡さん:「北海道の農協で行われていた『組合員勘定制度』を参考にして、それまでの水揚げや売上実績に基づいて年間営業計画を立てて、四半期ごとに漁師さんたち一人ひとりの収支状況を指導することにしました。

漁師さんはもともと『宵越しの金は持たない』という気質だから、そりゃ反発されたんだけど、女性部や青年部などの柔軟な考え方の人から話をして、意識改革を広げていきました。

収入のうち5%から1割を天引きし、定期貯金してもらって余剰金を備え、何が起こってもしばらくはなんとかなるようにしたんです」
水産庁では2014年から、地域の課題や目標に基づき計画を立案する「浜の活力再生プラン(通称:浜プラン)」を推奨していますが、その30年以上も前から漁業の構造改革に取り組んでいたのです。

また、他の漁協では漁師間で「いい漁場」が取り合いになることもしばしばですが、遊子漁協では誰がどの場所で養殖をするのか、毎年くじ引きで決めます。

魚を引き揚げるのも、お互いが協力し合って一気に行います。生育条件や環境を極力統一して、「技術のみを切磋琢磨する」環境づくりを行いました。

日本初の水産品用冷凍設備導入でとれたての美味しさを

こうして年々養殖魚の、とりわけマダイの漁獲量は順調に増えていきました。けれどもその結果、1日10,000尾単位で魚を出荷しないと、完売できない状態となりました。あまりに流通量が増えれば市場価格が下がり、品質にも悪影響を及ぼす可能性もあります。

松岡さん:「東京や大阪といった都市部を中心に鮮魚を陸送していましたが、現地でマダイを食べてみると、『うーん......こりゃ、俺たちはよう買わんなぁ』と。

そもそも鮮度の良いものでないといい値段で売れないし、もっと美味しいマダイを食べてもらいたい。なんとかせねばならんなぁ、と考えていました」

1990年代半ば、全国かん水養魚協会(現:全国海水養魚協会)会長も務めるようになっていた古谷さんが、東京での会合でとある冷凍設備の話を耳にします。「ケーキや野菜などを新鮮な状態で凍らせられるらしい」と。

松岡さん:「洋菓子屋さんでクリスマスケーキなんかを凍らせるものとして開発されたのが、『誘電凍結装置』といって、いまの『CAS』の前身製品だったんです。それを、水産物にも使えるんじゃないか、と。それでメーカーにお願いして、いろんな魚を凍結させてもらったんです。

メーカーには調理場がなかったから、柏にある全国漁業協同組合学校の調理場を借りていろんな魚をさばいて、我孫子にあるメーカーに持っていってね。そうやって、冷凍した魚を刺身にして食べてみると、『お、こりゃイケるわ』って(笑)。それでちょっと"作戦"を考えることにしたんです」

もともと鮮魚用を想定していなかった誘電凍結装置を、いかに魚を美味しいまま冷凍するのに活用するか。適切な温度帯や加工法など、さまざまな魚を使って検証し、独自のマニュアルを作成しました。

また、当時の担当員が、全漁連や従来寄りの取引先に商品のPRを行うと共に、東京にある商社や百貨店などに出向いて、「こんな商品があれば、取り扱いを検討してもらえますか?」と、冷凍加工魚の市場ニーズがあるかどうかを検証しました。

松岡さん:「どの会社さんも、ものすごく反応がよかった。某テーマパークのホテルとか、いまも取引してくれてるところがほとんどなんですよ。これからどんどん高齢化が進むと、魚を一からさばいて食べるっていうのも大変だしね。

ますます加工品の需要は高まるだろう、と。凍結装置の導入を実現すべく、お金の段取りも進めました。とにかく金がないと、なんともならんからね」
一方、漁師たちはもちろんのこと、他の組合役員の反応は、芳しいものではありませんでした。

松岡さん:「『なんでせっかくの生きた魚を冷凍せないかんの?』って。冷凍したものを解凍して食べるなんて、もってのほか、という感じでした」
そこで役員や漁師を集めて、試食会を開くことにしました。ひとつは活魚のメバルを煮つけにしたもの。もう一つは、いったん冷凍したメバルを解凍し、煮つけに調理したものです。その結果は......

松岡さん:「活魚と冷凍の見分けがつかないくらい、全然、変わらない見た目でした。両方とも美味しかった。みんな『こんなはずじゃない』『おかしい』って(笑)。それでやっと漁師さんも納得してくれた。3年かかって、ようやく準備が整ったんです」

2000年、マリンコープゆすを開設し、魚の加工事業が本格的にスタートしました。誘電凍結装置を水産業に導入したのは日本初のこと。

マダイの三枚おろしやハマチの切り身から始まった商品は、その後、顧客のニーズに応えるうち、カルパッチョ用スライスや皮なしフィレなどとして、品目も増えていきました。

また、2007年には食品安全の国際標準規格「ISO22000」を、2012年にはさらに厳密な「FSSC22000」を取得し、海外輸出への先鞭をつけました。

松岡さん:「もともと某テーマパークの検査が毎年行われていたから、HACCP(ハサップ・食品衛生管理の国際標準)を取れば信用にも繋がるのかな、と考えていたんです。それで専門家の方に相談したら、ISO22000がいいんじゃないか、って。

当然、周りの人はほとんどISOなんて知らないし、『そこまでやる必要あるの?』って反対されたんだけど、東京の取引先なんかと話すと、『それはいいですね!』って理解してくれて。やっぱり、外に出ていくといろいろと学ぶことも多いんです」

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