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良い魚に、良い評価を 〜未来を見据え出口をつくる〜 寺泊編
神経締めと活魚で魚価向上 寺泊漁協と仲買の連携奏功
新潟県長岡市の寺泊漁協も、付加価値化した魚に適正な価格を得るため、買受人との関係づくりに注力。買受人側も、魚の価値を認めてくれる観光客への売り先をつくっていっている。
同漁協は、行政や水産関連企業とともに、漁業者の収入を高めるための「浜の活力再生プラン」を策定。2015年度から活動してきた。16年からは、より丁寧な魚の締め方をする、生きたままの水産物の出荷を増やすなど、魚の価値と価格を高める取り組みを実行に移していった。
生きたままヒラメを出荷する場面は「20年くらい前からあった」(青木仁夫同漁協副組合長)が、16年度からはズワイガニも活出荷に挑戦。活魚だと「1尾当たり価格が2000~3000円上がることも」(平松要介同漁協参事)。ズワイ活魚の出荷量は16年に数尾だったが、17年に約50尾、18年は200尾超と増えていった。
16年には魚を日持ちさせる「神経締め」も始めた。「日持ちさせて数日間寝かせることで、魚のうま味成分を強くできる」(同)。スズキを例にすると、何も処置しない「野締め」より倍くらいの価格が付くこともある。神経締めの作業は、技術を身につけた3人の漁協職員が担当。技術のある人だけで作業をすることでミスが減り、もしミスしてしまってもその魚が神経締めブランドとして流通してしまうことを防ぎやすい。神経締めの出荷量は16年数キロだったが、17年に200キロ台、18年には600キロ強と順調に増えている。
仲買の口コミで温泉客つかむ
神経締めなど魚の価値を高めるための工夫は、漁業者と仲買人との話し合いから生まれた。「昔から年に1度、漁業者と仲買人の交流会があった。以前は(魚を高く売りたい漁業者と安く買いたい仲買で)けんか腰だったが、近年は和気あいあいとしてきている。神経締めも仲買のニーズがあったから広がった」(青木副組合長)。「仲買人に自ら神経締めを行う人がいたため、漁協側がノウハウを教わった」(平松参事)
寺泊の魚の品質向上は仲買人同士の間で話題となり、「新たに寺泊の買参権を取る人も増えた。温泉街など観光客相手の飲食店、飲食店に販路を持つ仲買人などだ。今後、より広い地域の仲買人にPRしたい」(青木副組合長)。現状「買受人の4分の1から3分の1くらいは飲食店に販路を持つのでは」(平松参事)。
海産物の食べ歩き目的で観光客の集まる寺泊地区だが、「盛時より来客は減った」(同)。地元での魚の消費が減った代わりに、近隣の温泉地などの観光客に販売チャネルを広げていった格好のようだ。
努力の背後に浜プラン 後継者育成にもつながる
近年、漁業者の収入を増やすため、鮮度管理などで魚の価値を高める取組みが全国的に広がっている。ただ、こうした取組みを収入アップにつなげるには、買手側から魚の価値を評価され、見合う価格を得る必要がある。
新潟県長岡市の寺泊漁協は、魚を日持ちさせる「神経締め」や活魚出荷など強め、魚の評価と価格を高めた。漁業者や漁協がともに危機感を持ち、外部の流通業者などともコミュニケーションを強め、将来を考えたことがきっかけとなった。この動きは、魚価だけでなく、後継者づくりなどにも良い影響を与えている。
神経締めや活魚出荷が広がった発端は、2015年度から始めた「浜の活力再生プラン」だった。同プランは水産庁やJF全漁連が推奨し、各地の漁協や漁業者、地方行政などが地元の漁業者の収入を高めるため、どんな対策が必要か、自ら考えて計画するものだ。
ごち網漁を営む青木仁夫同漁協副組合長は「以前の漁業者は『魚が獲れれば良い』、漁協は『セリに魚を出せば良い』という姿勢だった。ただ、組合の将来に不安はあり、浜プランの取り組みをきっかけに意識が変わった」と振り返る。
浜プランを練る際には「漁協や漁業者、県漁連など、いろいろな人で話し合った。話し合いの中で、おのおのの経営感覚が上がっていった」(平松要介同漁協参事)。「特定のリーダー役の人がいたわけではない」(青木副組合長)という。/p>
同漁協では、浜プランへの水産庁の交付金を受け、海水の冷却装置を導入。夏場でもイケスの水温が上がらないようにして魚のコンディションを整えられたため、神経締めや活魚出荷などを安定的にできるようになった。
19年度までに4人が就労
寺泊の浜プランでは、漁業者の高齢化や担い手不足の解消に向け後継者づくりも計画。従来から国の支援事業を使い、漁業を新たに始める研修生向きに、最長3年間給料を補助する制度を採っていたが、浜プランによって外部へのアピールを強めた。漁業者が市内の祭りに出向き、「漁師になろう」というパンフレットを配布。新潟県立海洋高校にも求人を出し、新規漁業者の募集を強めた。
また、浜プランを練る「長岡・寺泊地域水産業再生委員会」に長岡市役所が参加したことを契機に、同漁協は市役所に後継者問題を説明。19年度には、国の補助の枠から漏れた漁業研修者へ、市が給料の一部を補助することとなった。市は所有する建物を改修し、新規の漁業者向けの寮としても提供。浜プランが始まってから19年度までに、同漁協では4人が漁業に就いている。
同漁協は近隣地区イベントへの出展を強めたことで、市内の住人に魚食を普及したり、観光客に魚を売る機会が増えているという。従来、漁協から消費者への直売は、既存の鮮魚店の商機を奪う可能性もあり反対されがちだったが、地元行政の仲介で合意が取れ、一部のイベントで行えるようになった。また、今後は「地元の子どもに漁業に親しんでもらったり、観光客を誘致したりするため、地引網イベントも検討中」(平松参事)だ。
今後の課題には、未利用魚種の活用もある。「未利用魚も昔は食べられていたが、資材の値上がりなどコスト(が合わなくなったこと)で、売ってももうからなくなっている」(青木副組合長)。地元の加工業者と連携し、未利用魚種に商品価値を持たせられるよう検討している。
未来志向と意見交換が鍵に
寺泊と神奈川県小田原の共通点は「生産者や流通業者が、日ごろから未来を見据えて意見交換していること」。結果、①漁業者が高級魚をより丁寧に扱う②仲買人が高級魚に高単価を出してくれる層(観光客)を狙って販路をつくる③漁業者が値のつかない魚の加工・商品化を考える④若手漁業者が仕事を続けられるよう支援する―など、共通の努力が生まれていた。
全国には、未来を見据え努力を続ける水産関係者らがいる。農林中央金庫は、ウェブマガジン「マリンバンクマガジン」を立ち上げ、漁業者の所得向上、地域漁業の活性化に向けた取り組みなどを紹介中。当連載も掲載予定だ。優良な事例が今後より人に知られ、水産業がもうかる産業へと成長していく未来を期待したい。
出典:みなと新聞