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養殖業における「成長産業化」の本質とその道筋

1.「成長産業化」と「成長戦略」の意義

「成長産業化」というキャッチフレーズの基となった「成長戦略」という言葉は、営利企業がどの部門への投資を重視するのか、その方向性を決める全社的経営判断を指すものだ。成長市場に向けて経営資源を移動させることで収益性を高めていく。企業に収益をもたらすのは顧客だけである。そこで企業はどの市場を目指すのか、誰を顧客として企業活動を行うべきか、という戦略的判断を行うことが求められる。「成長」する市場がどこかを見抜き、そこに経営資源を集中投下することが成長の鍵となるのだ。

なお、国がこの言葉を用いる場合はレーガノミクスやサッチャリズムのように民営化、規制緩和、法人減税などによる新自由主義的な経済活動の活性化を指すことが多い。日本でもアベノミクスの最後の一矢に位置付けられており、水産業においても規制緩和による投資拡大が目指されている。「成長戦略」という言葉は聞こえが良いが、その意味するものは漁民にとって決して甘いものではない。

2.養殖業における 量的「成長」の実態と限界

ノルウェーのサーモン養殖業はいまだに新規漁場の拡張により生産量を拡大している。かつて日本の魚類養殖業も成長産業であった。未開拓漁場および潜在的な市場が潤沢に存在した高度成長期において、養殖業は急激な成長を実現したのだ。しかし新規漁場の拡張が止まると同時に量的拡大も停止した。ノルウェーも国内での新規漁場開発は限界に近く、生産拡大はそろそろ頭打ちではないか。

また日本では国内に販路を特化したため市場の成熟が早く、どの魚種も短期間で生産過剰となり低価格が常態化している。環境条件も悪化しており、現在ではガイドラインを設け生産量を抑制している状況だ。他方、ノルウェーのサーモン養殖業では環境条件に余裕があり、量的拡大と並行して巨大な世界市場を開拓することで価格を維持しながら成長を続けてこられた。

このような現実を見れば、サーモン養殖の成長も一時的なものであり、日本の養殖業がたどったサイクルをゆっくりとしかし確実に踏襲していることは明らかである。自然環境利用型の養殖業は量的成長に限界がある。この普遍的原理からはどの国も逃れることはできない。しかし市場戦略においては大きな違いがある。ノルウェーは海外市場を開拓することで市場の成熟を防ぎ、成長の限界点を高く、遠くすることに成功しているのだ。

3.日本の養殖業における 「成長」の道筋

養殖業が量的に成長できるのは新規漁場の拡張期においてのみである。漁場利用が満限化した状況でさらに量的成長を続けようとすれば、漁場の過剰利用=漁場劣化が起こり、持続すらできなくなる。養殖業経営では、常に自然に対して謙虚な姿勢、生産に対する抑制的態度が必要なのだ。市場が成熟していればなおさらである。

こうした観点に立ってみれば、今後日本で一定期間量的成長が見込めるのは新規魚種に限られるだろう。「サーモン」養殖はその期待株だ。依然として未開拓な養殖適地が存在するし、品種改良によって養殖適地が拡大する可能性もある。

また国内市場は依然として成長性があり、輸出市場も巨大だ。海外製品との競争においても十分に差別化が可能だと考えられる。

既に量的成長が見込めないブリやマダイなど既存の養殖業においても、ある程度の経済成長は可能である。それは価格向上による。従って、成長戦略すなわち市場戦略となる。市場戦略を構築するフレームワークであるアンゾフのマトリクスで考えれば、国内市場へのさらなる浸透を図り、あるいは海外市場開拓によって販路を拡大できれば、需給調整が進み価格向上が実現できるかもしれない。また新製品(新魚種や加工品)開発により製品の新陳代謝を図ることで、市場と購買意欲を刺激することができる。そして加工業の取り込みなど多角化を進めることで、他産業から所得の移転を図れるかもしれない。市場浸透、新規市場開拓、新製品開発、多角化という4つの戦略オプションのうち特に新規市場拡大すなわち輸出拡大は価格向上面で即効性があり、全ての経営体に恩恵がある。国として大規模経営体を中心に輸出型産業への転換を徹底的に進め、国内市場の需給を改善する戦略があってよい。

いずれにせよ養殖業は海面を利用する限り生産量を拡大することが困難であり、その成長には限界があることを忘れてはならない。恒常性(ホメオスタシス)がその本質である自然環境の中で営まれる養殖業は、環境が許す範囲の量的成長を遂げた後は「変わらない」ことを目指して経営されていくべきだ。他方、製品は市場で常に競争にさらされている。顧客獲得のための投資、スマート化、テクノロジー導入が期待される。不足しているのは供給ではなく需要であり、顧客である。成長とは顧客と市場の成長にほかならないことを養殖業界が広く理解することが何より重要だろう。

執筆:佐野雅昭(鹿児島大学水産学部教授)

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