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石川県水産業の創造的復興

2024年1月1日、能登半島地震に見舞われた石川県内の水産業。関係者の迅速な対応により、漁業の再開などが順次進んでいる。他方、インフラの復旧などにかかる莫大(ばくだい)なコストを考え、コンパクトかつ合理的な、新たな産業のあり方の模索は継続中。必要な資金を手当てすべく、漁業関係者の貸し付け・貯金など信用事業を請け負う農林中央金庫(農林中金)や信漁連組織、「JFマリンバンク」の存在感が増している。

被災は甚大だった。県内の81港のうち72港で、防波堤や岸壁、周辺道路などへの被害が発生。漁船にも転覆や浸水、座礁、沈没、流出などの被害が340隻以上に出た。能登半島北西岸の外浦地域では地盤の隆起で水深が浅くなる、海水が干上がるなどで漁船が港から動けなくなるなどの事態も。半島南東岸の内浦地域では津波被害もあった。

被災した漁業関係者の資金繰りが当初大きな課題となった。水産関係者などに金融サービスを展開する東日本信漁連は、仕事始めの同年1月4日に震災の対策本部を立ち上げ。被災によって通帳や印鑑を使えなくなった利用者が多数いると見込まれる中、避難民や漁業関係者が通帳や印鑑なく身分証明などで現金を引き出せる体制を整えた。

3月には災害対策資金を石川県漁協に融資し、荷さばき所や給油・製氷施設など被災施設の復旧、被災した組合員への対応などに充てた。こうした漁協への融資は、本年9月中旬時点で「予定も含め融資残高3億円ほど」(東日本信漁連)と大きい。

被災者に対する融資への返済期限の猶予設定、中断した操業の再開に向けた運転資金や損壊・流出した漁船の再確保資金の実質無利子での貸し付けなども順次進めている。実質利子化には農林中金からの助成を活用。ベテラン漁業者が、震災を機に引退や事業承継を考えるケースも想定し、「対応を考えている」(同)。

その他、震災によって返済が難しくなった債務者には、9月中旬現在までに期限延長などの条件変更を18件・1億円弱対応した。生活資金確保やマイカーローンについても信漁連として農林中金の利子助成を受けつつ融資。生活ローンは震災後、9月中旬現在35件・7500万円程度を貸し出した。

迅速に的確な対応ができた背景として、東日本信漁連の関義文代表理事理事長は「東北地方の組織が内部にいるため、被災の経験が生きた」と振り返る。同信漁連は21年に青森から三重にかけ、県別で漁業金融を請け負ってきた信漁連組織が大規模合併して誕生。合併によって資金力を増し、人材を必要な部署に優先的に配置できた上、各地のノウハウが集積できた。結果、被災経験のある地域の知見を基に、素早い対応がしやすくなった。

そのかいあって、県内では操業が順次再開。24年の漁獲量は被災直後落ち込んでいたが、前年比72%の2万8639トンまで盛り返した。ただし、県内でも地域によって状況は異なる。地盤隆起などの被害が少ないため港を元の形に戻せそうな地域も、被害が大きいため元通りの復旧が難しい地域も存在。以前から続いていた漁業就業者の減少が震災を機にさらに状況が厳しくなったことから、「単なる復旧では時間も費用も莫大になり、全てを元通りにすることができない」(石川県漁協の青山邦洋専務)。

同県漁協や同県市町などは24年3月に復興協議会を設置して今後の展望を議論。7月、同県漁協は、県内生産額の7割を占める生産拠点である能登一円の早期復旧・復興の実現と、漁業者の事業継続、同県漁協の存続を念頭に「石川県漁協ビジョン」を示した。

ビジョンでは選択と集中による再編整備、漁業の「創造的復興」をキーワードに、水揚げ拠点と流通拠点の機能分担、同県漁協の事業所(支所・出張所)の統合、燃油・製氷施設の集約化などに取り組む。集約化によって人材配置や業務の効率を合理化するもので、「不可避の課題」(同)と捉える 。10年先を見据え、 漁業経営と周辺産業、観光資源を安定させるべく、構想が具現化しつつある。

震災に見舞われた石川県の水産業。同県漁協は早期復旧・復興と、漁業者の事業継続、同県漁協の存続に向け、「石川県漁協ビジョン」を示した。漁協の支所や施設を集約化するなど、復旧や運営にかかるコストを抑え、長い目で採算を取り続けられる体制を目指す。変化には不安論がつきものだが、現実と未来を見据え、懸命な対話が関係者間で続く。

漁協が目指すのは、単なる経営の合理化ではなく、漁業を未来に残し続けること。漁業者の不安に応えるべく、丁寧な対話に努める。「何度も現場に入り、実際にかかるコストを示したり、施設などが統合となる地域とも密なコミュニケーションや意見交換、円滑な手続き業務が続けられるような方法を考えたりして、合意形成を進めている」(石川県漁協の青山邦洋専務)

他方、未来に向け、不便を受け入れる機運も生じつつある。例えば、従来は産地市場で漁協職員が担ってきた魚の選別や箱詰めなどの業務は、漁協職員の被災による側の 人手不足を受けて漁業者が担う体制を構築 。漁業者からも「ご理解いただいていると思う。操業を続けるには避けられない、と」(同)。

震災後、むしろ前進した部分もある。被害の激しかった輪島港では、今年の水揚量が21~23年平均の4割ほどのペースだが、水揚金額は7割ほどを確保。「かつては漁獲圧が高すぎて単価の落ちる場面があったが、現在は計画的に生産できた」(同)。このため、スルメイカやアカムツ、アマダイ、ウスメバルなどの魚価が高水準で推移 。「漁協からのお願いではなく漁業者が自ら取り組んでいる。今後も同じスタイルを続けられれば」(同)という。

石川の関係者らを高く評価するのは、フィッシャーマン・ジャパン(宮城県石巻市)の共同創業者で、現在、同県漁業のPRに携わる長谷川琢也氏。東日本大震災後の東北地方の経験を「国の復興予算に依存することで機器類やインフラなどの再建に多額のコストがかけられたものの、必要以上のスペックの投資によるランニングコストの肥大化などで苦しむ業者も多かった」「水産資源や人的資源が無限でないことを念頭に、必要な投資の規模を地域で話し合って、復興後の水産業のあり方を考えることが重要」と、コンパクト化が未来のプラスとなる側面を説く。

長谷川氏が「素晴らしい」と評するのは、石川の水産業の、復興補助金などのない震災前から魚のブランド化やPRを強化していた点▽漁協職員が自らの思いとアイデアから活用している点▽PRに県や外部企業など関係者を巻き込みつつも、代理店やコンサルタントに依存していないためコストを節約できている点▽若手関係者に重要な仕事を積極的に任せている点―だ。

連載初回にも描いた、若手が積極的に声を出せる気風は、震災のみならず、海洋環境変化への対応にもつながる。近年はカキ養殖など新たな生産方法や、観光業・飲食業との連携など議論が加速。日本海側で回復中のサバなどの資源を活用し、不漁の地域に届けるための、加工流通体制の整備を求める声も上がりつつある。

青山専務は、建設業者不足によるインフラ再建の遅れなどにも触れ、「能登半島は、漁業に限らず人口流出の問題を抱える。生業の再建がないと人がいなくなる」と危機感を語る。一方で、県内水産関係者からは「震災はつらいことだが、日本や漁村の人口が減る中、漁業の集約化や再編は遅かれ早かれ議題となる。これが震災によって、一足早く求められたということでは。ならばより良いモデルになる役割が、わが県に求められるのでは」と、前向きな声も複数聞こえる。

課題を直視し未来を見据える関係者らの姿勢が、地域の漁業と雇用を守り、環境の変化に立ち向かう全国の漁業者らの、新たな道しるべとなるよう期待したい。

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