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おいしい魚を食べ続けるために…

おいしい魚を食べ続けたい。
そのために、鮮度の良い魚を適正価格で販売し、漁村を活性化する。
当たり前と思える毎日が続くための新しい取り組みが始まっている。
宮崎県の事例を紹介する。

「水産エンターテインメント」旗印に

「水産エンターテインメント」を旗印に掲げて宮崎県、やひろ丸の矢部知勢社長が起業してから13年。漁船から直接魚を届ける水産卸業から飲食事業にも進出し、少しずつ業務を拡大してきた。胸に抱くのは「店舗数の拡大」ではなく、「魚のおいしさ水産の面白さをいかに多くの人に伝えるか。この流れを少しでも大きく、太くしたい」との思いだ。

矢部さんが大学を卒業してから就職したのは、漁業者の全国団体、JF全漁連だ。当時は燃油価格の上昇に漁業者が苦しんでいた時代。購買事業部で全国の浜を歩くうちに「コストが上昇しても魚価さえ上がれば漁業は問題なく続けられるのに、それがかなわない。魚のおいしさをきちんと伝えて魚価を維持し、魚離れを少しでも食い止めたい」との思いが募り、在籍10年目に独立を決めた。

地元、青島市漁協の組合長をしていた父は大反対。それでも最後は認めてくれた。

実家は宮崎市の観光地、青島沖で定置網を営む、代々続く漁家で仕入れ先こそあったが、顧客のあてがあったわけではない。当初は、一軒一軒外食店を回る「どぶ板営業」をひたすらこなした。「夢も希望もあったけど、現実はしんどくて3年くらいは死ぬ気でやった」と振り返る。当時まだ32歳。「若造で相手にされないことも多かった」という。それでも「魚を見せたら質のよさは一目瞭然」。少しずつ顧客も増えていった。今ではミシュランガイドで星をとるような店にも卸している。

「漁船直送」続ける

大学時代を過ごした「第二の故郷」ともいうべき名古屋に居酒屋の一号店をオープンしたのは2012年10月。16年3月には、東京の新橋にも2店舗目を開店した。
卸業としての顧客が外食店の中、同業態への進出だが「ライバル」との考え方は毛頭ない。外食業者の苦労を実感することで提案力につなげるためでもあり、メニュー開発の場でもあるアンテナショップとの位置付けだ。

何より、魚価を維持するためにも買い付けた魚を最後においしく捌く先でもある。
販売では店のメニューや客層を聞きながら魚を提案する。沿岸に上がる多様な魚ごとにおいしさを引き出す料理法や、鮮度が高いからこそ出来るアラなど内臓を生かすことで歩留まりを上げるメニューの紹介も続けてきた。

結果として近年では「以前は見向きもされなかったマイナーな魚の魚価向上にも貢献できているかな」と実感している。
例えばハチビキ(関西では赤サバ)は深海魚ならではの脂乗りが特徴で「皮目をあぶって食べるとうまい!」と伝えていたら、「以前は1キロ数十円だったのが、今では高い時には700~800円なんてこともある」という。

漁業者が直接販売する「漁船直送」にこだわり、マーケットを拡大しているが、矢部さんは「市場流通の重要性を否定するつもりは毛頭ない」と断言し、「大量の水産物を流通させるにはよくできたシステム」と認める。一方で「鮮度保持のための努力をした良品には良品の、そうでない品にはそれなりのという価格の面ではもう一段の工夫が必要では」との苦言も呈す。

矢部さん自身は「こだわった人がこだわった魚を販売してます、だけでは終わりたくない」とも強調する。「それならいつの時代にもやってる人はいたはず。それはそれで否定しないけど、僕が目指しているのは今の『おいしい魚を適正価格で販売する流れ』を少しでも大きなものにすること」と未来像を描く。

幸い全漁連時代に培った浜の仲間は全国にいる。大学まで続けていた野球仲間も、とかく閉鎖的になりがちな水産業界以外の視点を教えてくれる大きな支えだ。

今後は一艘買いのプロデュースも視野に入れているし、目指しているのは「水産エンターテインメント」。ただの生産者、流通業者では終わりたくない。食の楽しみ、魚の面白さを広げるための挑戦を続けている。

出典:水産経済新聞

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